頸椎(くび)の症状
頚椎椎間板ヘルニア
症状
首や肩、腕に痛みやしびれが出たり(神経根の障害)、箸が使いにくくなったり、ボタンがかけづらくなったりします。
また、足のもつれ、歩行障害が出ることもあります(脊髄の障害)。
原因と病態
背骨をつなぐクッションの役割をしている椎間板が主に加齢変化により後方に飛び出すことによって起こります。30~50歳代に多く、しばしば誘因なく発症します。
悪い姿勢での仕事やスポーツなどが誘因になることもあります。
飛び出す場所により、神経根の圧迫、脊髄の圧迫あるいは両者の圧迫が生じます。
診断
頸椎を後方や斜め後方へそらせると腕や手に痛み、しびれが出現(増強)します。
その他、手足の感覚や力が弱いこと、手足の腱反射の異常などで診断します。
MRIで神経根や脊髄の圧迫を確認し診断を確定します。
予防と治療
痛みが強い時期には、首の安静保持を心掛け、頸椎カラー装具を用いることもあります。また、鎮痛消炎剤の服用や、神経ブロックなどで痛みをやわらげます。
症状に応じて牽引療法を行ったり、運動療法を行ったりすることもあります。
これらの方法で症状の改善がなく、上肢・下肢の筋力の低下が持続する場合、歩行障害・排尿障害などを伴う場合は手術的治療を選択することもあります。
関連する症状・病気
腰椎椎間板ヘルニア
胸椎椎間板ヘルニア
頚椎症性脊髄症
症状
ボタンのはめ外し、お箸の使用、字を書くことなどが不器用になったり、歩行で脚がもつれるような感じや階段で手すりを持つようになったりという症状が出ます。手足のしびれも出てきます。
比較的若年の方であれば、かけ足やケンケンをしにくくなるなどの軽度の症状を自覚できますが、高齢者では気づくのが遅れる場合があります。
原因と病態
加齢変化による頚椎症(椎間板の膨隆・骨のとげの形成)の変化によって、頚椎の脊柱管(骨の孔)の中にある脊髄が圧迫されて症状が出ます。
日本人は脊柱管の大きさが欧米人に比較して小さく、「脊髄症」の症状が生じやすくなっています。
診断
症状と四肢の反射の亢進などの診察所見があり、X線(レントゲン)所見で頚椎症性変化を認め、MRIで脊髄の圧迫を認めることで診断します。
中年以降ではX線での頚椎症性変化はほとんどの人に見られますし、MRIでの脊髄圧迫所見も症状がない場合でも見られますので、検査所見だけで診断することはできません。
神経内科の病気の一部は症状がよく似ている場合がありますので、注意が必要です。
予防と治療
転倒などの軽微な外傷で四肢麻痺(脊髄損傷)になる可能性が存在しますので、転倒しないように注意します。
一般的に日常生活に支障があるような手指巧緻運動障害がみられたり、階段昇降に手すりが必要となれば、手術的治療が選択されます。
関連する症状・病気
頚椎症性神経根症
脊髄損傷
頚椎症性神経根症
症状
中年~高齢の人で肩~腕の痛みが生じます。腕や手指のシビレが出ることも多く、痛みは軽いものから耐えられないような痛みまで程度はそれぞれです。
一般に頚椎を後ろへそらせると痛みが強くなりますので、上方を見ることや、うがいをすることが不自由になります。上肢の筋力低下や感覚の障害が生じることも少なくありません。
原因と病態
加齢変化による頚椎症(椎間板の膨隆・骨のとげの形成)の変化によって、脊髄からわかれて上肢へゆく「神経根」が圧迫されたり刺激されたりして起こります。
遠近両用眼鏡でパソコンの画面などを頚をそらせて見ていることも原因となることがあります。
診断
腕や手のしびれ・痛みがあり、頚椎を後方へそらせると症状が増強し、X線(レントゲン)で頚椎症性変化を認めることで診断します。MRIで神経根の圧迫を確認しにくい場合もありますが、骨棘による椎間孔(神経根が出ていく孔)の狭窄がわかる場合もあります。
予防と治療
基本的には自然治癒する疾患です。症状が出ないように頚椎を後方へそらせないようにし、適切な方向への頚椎牽引や症状が強いときには消炎鎮痛薬の投薬などが行われます。治るまでには数か月以上かかることも少なくなく、激痛の時期が終われば気長に治療します。
筋力低下が著しい場合や、強い痛みで仕事や日常生活が障害されている場合は、手術的治療を行う場合もあります。
関連する症状・病気
頚椎症性脊髄症
後縦靱帯骨化症・黄色靱帯骨化症
症状
この病気になると背骨の動きが悪くなり、体が硬い、背すじにこりや痛みを生じることがあります。しかし、このような症状は病気でなくても起こりますので、この症状だけでは病気かどうかの判断はできません。
注意が必要な症状は、神経(主に脊髄)が圧迫され神経の働きが低下して起こる、以下の脊髄症状です。
後縦靭帯骨化症で頚椎の脊髄が圧迫されると、手足のしびれ感(ビリビリ、ジンジンしたり感覚が鈍くなる)や手指の細かい運動がぎこちなくなり、しづらくなります(箸がうまく使えない、ボタンの掛け外しがうまくできない)。ほかにも、足がつっぱってつまづきやすい、階段を上り下りがこわくて困難などの歩行障害も出現してきます。
黄色靭帯骨化症でも同様の症状が出現しますが、骨化してくる部位が胸椎に多いので、その場合は足の症状だけで手の症状は出現してきません。
原因と病態
背骨の骨と骨の間は靭帯で補強されています。椎体と呼ばれる四角い骨の背中側で脊髄の前側には後縦靭帯が、椎弓と呼ばれる背中側の骨の前側で脊髄の背中側には黄色靭帯という靭帯が存在し、それぞれの骨に適度な動きと安定性をもたらしています。
後縦靭帯は脊髄の前方に位置し、黄色靭帯は脊髄の後方に位置するため、それぞれの靭帯が分厚くなって骨のように硬くなってしまうと脊髄が圧迫されて下記のような症状(脊髄症状)が出現してきます。前者は後縦靭帯骨化症と言い胸椎にも出現しますが頚椎に多い病気で、後者は黄色靭帯骨化症と言い逆に胸椎に多い病気です。
診断
頚椎に多い後縦靭帯骨化症は通常のX線(レントゲン)検査で見つけることができますが、胸椎に多い黄色靭帯骨化症は通常のX線検査では診断が困難なことが多いです。
通常のX線検査で診断が困難なときは、CT(コンピューター断層検査)やMRI(磁気共鳴撮像検査)などの精査が必要になってきます。CTは骨化の範囲や大きさを判断するのに有用で、MRIは脊髄の圧迫程度を判断するのに有用です
予防と治療
この病気を完全に予防することはできませんが、症状の悪化を防ぐためには日常生活で以下の点に注意してください。
頚椎後縦靭帯骨化症では、首を後ろに反らせすぎないこと、仕事や遊び、泥酔などにより転倒・転落することで脊髄症状が出現したり悪化したりすることがあり、くれぐれも注意が必要です。前述のような脊髄症状のため日常生活に支障があり、画像上脊髄にある程度の圧迫があれば手術が必要です。頚椎の後縦靭帯骨化症に対する手術法には、首の前を切開する前方法と後ろ側を切開する後方法があり、各々に長所と短所が存在します。
斜頚
症状
常に顔を左右どちらかに向けて首をかしげた状態をとります。原因によって分類されます。
原因と病態
①先天性筋性斜頸
典型的な右筋性斜頚
最も頻度が高いもので、後頭部と鎖骨・胸骨を繋ぐ胸鎖乳突筋という筋肉の拘縮で生じる斜頸です。
典型的な形は、患側と反対側に顔を向け、同側に頚が傾く形です。
また、患側の胸鎖乳突筋には、筋肉のしこりを触れますが、これは生後2~3週でもっとも大きくなり、その後は徐々に自然と小さくなっていきます。
1才半までに8~9割は自然治癒が見込まれます。
②骨性斜頸
生まれつき頚椎や胸椎に奇形があり、そのために首が傾きます。
③炎症性斜頸
中耳炎や扁桃炎などの炎症後に、環椎(第一頚椎)と軸椎(第二頚椎)の並び方に異常を生じ、首が傾きます。 このまま固定してしまう可能性もあり、早めの整形外科受診が必要です。
④眼性斜頸
眼の運動をする筋肉の異常が原因で首を傾けます。 テレビなどに興味を示す6か月以後に気づかれることが多く、何かを注視すると首の傾きが大きくなります。
診断
①は生後直後に気づかれることが多く、②・③はX線(レントゲン)撮影、特に③は問診による情報が大事ですので、いつから首が傾いたかを確認します。また口をあけたまま撮影する開口位でのX線や、CT検査を行います。
④は①②③を鑑別した上で、診察上疑わしい場合は眼科受診となります。
予防と治療
①筋性斜頸
「向き癖」の改善として、呼びかけやテレビなどの刺激を顔が向いている反対側から与えるようにします。 1才から1歳半までの間に改善が見られない場合のみ手術や装具による治療を行います。
②骨性斜頸
成長に伴い、何らかの症状や障害が生じた場合に治療を行います。治療は、手術的治療となります。
③炎症性斜頸
頚椎カラーによる頸部の安静や、消炎剤の内服、必要に応じて入院の上頚の牽引を行います。
外傷性頚部症候群
症状
交通事故などで頚部の挫傷(くびの捻挫)の後、長期間にわたって頚部痛、肩こり、頭痛、めまい、手のしびれ、などの症状がでます。X線(レントゲン)検査での骨折や脱臼は認められません。
「むち打ち損傷」「外傷性低髄液圧症候群」「外傷性髄液減少症」などの正確ではない病名が付いていることも少なくありません。
原因と病態
受傷時に反射的に頚椎に対する損傷を避ける防御のための筋緊張が生じ、衝撃の大きさによっては筋の部分断裂や靭帯の損傷が生じています。
受傷後しばらくの間(1~3か月)は局所に痛みが生じますが、この期間に局所を安静にする習慣がつけば痛みが長引く原因となります。骨折や脱臼がないのに長期にわたって頚椎のカラー装着を行うと、頚部痛や肩こりが長期化する原因となります。
診断
X線・MRIとも年齢に応じた変性変化を認めますが、外傷との関係はありません。骨折や脱臼がないことは確認が必要です。
頚椎症による骨棘があると、MRIでは椎間板の後方への膨隆に見えるため、誤って「椎間板ヘルニア」と誤って診断される場合もあります。
予防と治療
骨折や脱臼がなければ、受傷後2-4週間の安静の後は頚椎を動かすことが痛みの長期化の予防となります。安静期間はできるだけ短い方がよいでしょう。慢性期には安静や生活制限は行わず、ストレッチを中心とした体操をしっかり行うことが最良の治療となります。
関連する症状・病気
頚椎椎間板ヘルニア
頚椎症性神経根症
肩こり
頚肋
症状
前腕尺側と手の小指側に沿ったうずくような、ときには刺すような痛みと、しびれ感、ビリビリ感などの感覚障害に加え、手の握力低下と細かい動作がしにくいなどの運動障害の症状があります。
手指の運動障害や握力低下のある例では、甲の骨の間にある骨間筋の萎縮と手掌の小指側の筋(小指球筋)の萎縮が見られます。
どの年代でも起きますが肩の筋力が低下する中年の女性や、重量物を持ち上げる職種の人にみられます。全く症状を呈しない例も多いです。
原因と病態
頚肋は胎生期の下位頚椎から出ている肋骨の遺残したもので、胸郭出口症候群の原因の一つとして重要です。
上肢やその付け根の上肢帯の運動や感覚を支配する腕神経叢は、通常頚髄から出て来る第5頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成されますが、頚肋のある症例では第4頚神経から第8頚神経根から形成されることが多いです。
第7頚椎から出て来る肋骨の大きさは様々で、完全な肋骨で胸骨と関節を作るものから、小さくて第7頚椎の横突起からわずかに飛び出た痕跡的なものまであります。
途中で終わっている肋骨の先端からは索状の線維性組織が前方に伸びて第1肋骨の前斜角筋が停止する付近に付着します。
したがって、胸郭の中から出て上肢へ行く鎖骨下動脈は第1肋骨より更に高い頚肋あるいはそこから伸びて来る索状物を乗り越えなければならないし、腕神経叢の下位の第8頚神経、第1胸神経から成る下神経幹も押し上げられて、その上にある鎖骨との間で圧迫されます。
この鎖骨下動脈と腕神経叢の圧迫によって上肢への血流障害と神経障害を生じます。
診断
なで肩の女性か、重いものを持ち運ぶ労働者で、前述の症状があれば、胸郭出口症候群の原因の一つである頚肋の可能性も考えて診察します。
鎖骨上窩の頚椎寄りのところの触診で、骨性の隆起を触れることがあります。また、この部で深部の腕神経叢部を押すと上肢に放散する痛みを生じます。
頚肋は触診で触れないことも多いので、確定診断にはX線(レントゲン)検査で、第7ときには第6頚椎から外側に伸びる頚肋の存在を確認することが必要です。
頚肋がX線写真で認められても、無症状の例も多いので、頚肋と似た症状を呈する他の原因による胸郭出口症候群や頚椎椎間板ヘルニア、頚椎症、肘部管症候群、脊髄空洞症、腕神経叢腫瘍、脊髄腫瘍などを鑑別する必要があります。
予防と治療
症状が軽いときは僧帽筋や肩甲挙筋の強化運動訓練を行なわせ、安静時も肩を少しすくめたような肢位をとらせます。重量物を持ち上げるような運動や労働を避けさせます。
症状が強い時には、手術で頚肋およびその先端から伸びる索状物を切除します。
関連する症状・病気
胸郭出口症候群
頚椎椎間板ヘルニア
肘部管症候群
頚椎症性神経根症
腕神経叢損傷
症状
オートバイ走行中の転倒、スキーなど高速滑走のスポーツでの転倒、機械に腕が巻き込まれた後などで、上肢のしびれ、肩の挙上や肘の屈曲ができなくなったり、時には手指も全く動かなくなったりします。
骨盤位分娩や肩難産で生まれた乳児が肩の挙上や肘の屈曲をしません。
いずれの場合も、腕神経叢のどの部位が、どの程度損傷されるかにより、それぞれの損傷高位に応じた運動麻痺、感覚障害や自律神経障害があらわれます。肩の挙上と肘屈曲ができないものから肩から上肢全体が全く動かないもの、外傷後徐々に軽快するものから全く回復しないものまで、いろいろあります。
原因と病態
腕神経叢は、首の部分の脊髄から出て来る第5頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成されます。これらの神経根が脊柱管を出て、鎖骨と第1肋骨の間を通り腋の下に到達するまでの間に神経線維を複雑に入れ替えて、最終的に上肢へ行く正中・尺骨・橈骨・筋皮神経になります。
オートバイの転倒事故やスキーなど高速滑走のスポーツでの転倒で、肩と側頭部で着地した際、また、機械に腕を巻き込まれて腕が引き抜かれるような外力が働くと、腕神経叢が引き伸ばされて損傷します。鎖骨上窩の刺し傷(きず)、切り傷、銃で撃たれたときや、鎖骨骨折の骨片が突き刺さったとき、肩関節の脱臼などでも損傷します。
また、お産の際、骨盤位分娩や肩難産の際、児頭か肩が産道の狭窄部にとらえられたまま、分娩操作で頭と肩が引き離されるような力が働いて腕神経叢が伸張され、損傷します。分娩による腕神経叢損傷は分娩麻痺と呼ばれます。
外傷の種類や力の加わり方によって、神経根が脊髄から引き抜けたり(引き抜き損傷)、神経幹から神経朿のレベルで神経が引き伸ばされたり(有連続性損傷)、断裂したりします
後述の全型には引き抜き損傷が多く、上位型には神経幹から神経朿レベルでの損傷が多いです。
診断
腕神経叢がある側頸部から鎖骨上窩の腫脹や疼痛があり、上肢の運動麻痺や感覚障害があるときには、腕神経叢損傷の可能性があります。詳しい神経学的診察・検査で、腕神経叢のどの部位が、どの程度損傷されたのか判断します。
損傷高位と範囲により、上位型、下位型、全型に分けられます。
一般成人の腕神経叢損傷では、全型が多く、次いで上位型で、下位型は少ないです。分娩麻痺では上位型が8割を占め、全型は2割と少ないです。
上位型:
肩の挙上、肘の屈曲が不可能となり、肩の回旋、前腕の回外力が低下します。上腕近位外側と前腕外側に感覚障害があります。
下位型:
前腕にある手首・手指の屈筋や手の中の筋(骨間筋、小指球筋)の麻痺により、手指の運動が障害されます。前腕や手の尺側に感覚障害があります。
全型:
肩から手まで上肢全体の運動と感覚が障害されます。
経根の引き抜き損傷があると、ホルネル徴候(眼瞼下垂、眼裂狭小、瞳孔縮小)が見られます。
X線(レントゲン)検査で鎖骨骨折のある症例、肩鎖関節の離開や肩甲骨の外側への転位がある症例では腕神経叢損傷がより重症のことが多いです。このような症例では鎖骨下動脈の不全断裂を合併していて、外傷後に突然大出血する危険があります。
頚部~鎖骨上窩のMRIで、脊髄液の漏出や外傷性髄膜瘤が見られれば神経根の引き抜き損傷である可能性が高いです。
損傷レベルの特定や神経根の引き抜き損傷であるかどうかの判定のため、電気生理学的検査も行なわれます。
予防と治療
自然回復が全く期待出来ない症例では、神経移植術などにより損傷部の再建が可能な症例か、それが不可能な神経根引き抜き損傷か、早急に判断しなければなりません。
手術で腕神経叢を展開して、再建が可能と考えられる症例には神経移植術が、再建が出来ない神経根の引き抜き損傷例症例には肋間神経や副神経の移行術が行なわれます。
神経の回復が望めない症例に対する肩の機能再建術としては、上腕骨と肩甲骨の間の肩関節を固定して、肩甲骨の動きで肩を動かす肩関節固定術、麻痺していない肩周囲の筋を移行する多数筋移行術が行なわれます。肘関節の屈曲機能再建には、大胸筋や広背筋が麻痺していなければ、どちらかの移行術が行われます。上位型で手関節屈筋と手指屈筋が効いていれば、これらの筋の上腕骨内側上顆の起始部を上腕骨遠位前面に移行するスタインドラー手術も行われます。
全型例には、肋間神経や副神経に神経・血管茎付き遊離筋移植を行い、肘屈曲、手指の伸展、屈曲機能の獲得を目指す方法もあります。
関連する症状・病気
上肢のしびれ
胸郭出口症候群
症状
つり革につかまる時や、物干しの時のように腕を挙げる動作で上肢のしびれや肩や腕、肩甲骨周囲の痛みが生じます。また、前腕尺側と手の小指側に沿ってうずくような、ときには刺すような痛みと、しびれ感、ビリビリ感などの感覚障害に加え、手の握力低下と細かい動作がしにくいなどの運動麻痺の症状があります。
手指の運動障害や握力低下のある例では、手内筋の萎縮(いしゅく)により手の甲の骨の間がへこみ、手のひらの小指側のもりあがり(小指球筋)がやせてきます。
鎖骨下動脈が圧迫されると、上肢の血行が悪くなって腕は白っぽくなり、痛みが生じます。鎖骨下静脈が圧迫されると、手・腕は静脈血のもどりが悪くなり青紫色になります。
原因と病態
上肢やその付け根の肩甲帯の運動や感覚を支配する腕神経叢(通常脊髄から出て来る第5頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成される)と鎖骨下動脈は、①前斜角筋と中斜角筋の間、②鎖骨と第1肋骨の間の肋鎖間隙、③小胸筋の肩甲骨烏口突起停止部の後方を走行しますが、それぞれの部位で絞めつけられたり、圧迫されたりする可能性があります。
その絞扼(こうやく)部位によって、斜角筋症候群、肋鎖症候群、小胸筋症候群(過外転症候群)と呼ばれますが、総称して胸郭出口症候群と言います。胸郭出口症候群は神経障害と血流障害に基づく上肢痛、上肢のしびれ、頚肩腕痛(けいけんわんつう)を生じる疾患の一つです。
頚肋(けいろく)は原因の一つです
診断
なで肩の女性や、重いものを持ち運ぶ労働者で、前述の症状があれば、胸郭出口症候群の可能性があります。
鎖骨上窩の頸椎寄りのところの触診で、骨性の隆起を触れば頸肋の可能性が高いです。
腕のしびれや痛みのある側に顔を向けて、そのまま首を反らせ、深呼吸を行なわせると鎖骨下動脈が圧迫され、手首のところの橈骨動脈の脈が弱くなるか触れなくなります(アドソン テスト陽性)。
座位で両肩関節90度外転、90度外旋、肘90度屈曲位をとらせると、手首のところの橈骨動脈の脈が弱くなるか触れなくなり、手の血行がなくなり白くなります(ライト テスト陽性)。
また、同じ肢位で両手の指を3分間屈伸させると、手指のしびれ、前腕のだるさのため持続ができず、途中で腕を降ろしてしまいます(ルース テスト陽性)。
座位で胸を張らせ、両肩を後下方に引かせると、手首のところの橈骨動脈の脈が弱くなるか触れなくなります(エデン テスト陽性)。
X線(レントゲン)検査で、第7ときには第6頚椎から外側に伸びる頚肋がないかどうか、肋鎖間隙撮影(鎖骨軸写像)で、鎖骨や第1肋骨の変形によりこの間隙が狭くなっていないか確認することが必要です。
同様な症状を呈する頚椎椎間板ヘルニア、頚椎症、肘部管症候群、脊髄空洞症、腕神経叢腫瘍、脊髄腫瘍などの疾患を除外できれば、胸郭出口症候群の可能性が高くなります。
予防と治療
予防と保存療法が大切です。
症状を悪化させる上肢を挙上した位置での仕事や、重量物を持ち上げるような運動や労働、リュックサックで重いものを担ぐようなことを避けさせます。
症状が軽いときは、上肢やつけ根の肩甲帯を吊り上げている僧帽筋や肩甲挙筋の強化運動訓練を行なわせ、安静時も肩を少しすくめたような肢位をとらせます。肩甲帯が下がる姿勢が悪い症例には肩甲帯を挙上させる装具が用いられます。消炎鎮痛剤、血流改善剤やビタミンB1などの投与も行なわれます。
頚肋があれば、鎖骨の上からの進入で切除術が行なわれます。
それ以外では、絞扼部位が①,②,③のどこであるかによって手術法が異なります。
①斜角筋間での絞扼の場合は、鎖骨の上からの進入で前斜筋腱の切離が単独で行われることもありますが、①か②かの区別が難しいこともあり、同じ切開で同時に第1肋骨が切除されることも多いです。
②肋鎖間隙での絞扼の場合は第1肋骨切除術が行なわれますが、腋の下から進入して切除する方法と鎖骨の上から進入して切除する方法があります。
③小胸筋の烏口突起停止部での絞扼の場合は、鎖骨下進入で小胸筋腱の切離術が行なわれます。
関連する症状・病気
しびれ(上肢のしびれ)
頚肋
側弯症
症状
「側弯症(そくわんしょう)」とは背骨が左右に弯曲した状態で、背骨自体のねじれを伴うことがあります。通常、小児期にみられる脊柱変形を指します。 左右の肩の高さの違い、肩甲骨の突出、腰の高さの非対称、胸郭(きょうかく)の変形、肋骨や腰部の隆起(前かがみをした姿勢で後ろから背中をみた場合)、などの変形を生じます。
側弯が進行すると、腰背部痛や心肺機能の低下をきたすことがあります。
原因と病態
日本での発生頻度は1~2%程度で、女子に多くみられます。
原因不明の側弯を特発性側弯症といい、全側弯症の60~70%を占めます。
そのほか、脊柱の先天的な異常による側弯を先天性側弯症、神経や筋の異常による側弯を症候性側弯症といいます。
診断
診察では、子供に前かがみの姿勢をとらせて後ろから脊柱を観察します。
症候性側弯症の鑑別には、神経学的検査やMRI検査が有効です。短期間で側弯が悪化してくる場合には、注意深く年に数回の診察が必要になります。
脊柱全体(立位)のX線(レントゲン)写真から側弯の程度を角度で表しますが、脊椎骨(せきついこつ)や肋骨に異常がないかも同時に調べます。
予防と治療
側弯症は、弯曲が進行する前に診断して、治療を開始することが大切です。このことから、学校検診も行われています。
治療は側弯の原因や程度、年齢などによって異なります。
特発性側弯症で程度が軽い場合には、運動療法などで経過観察しますが、進行する場合には装具治療を行います。脊柱の成長期である思春期に悪化する場合が多いため、進行する場合は手術による矯正が必要になる場合があります。
また、先天性や症候性で側弯の悪化が予想される場合にも手術を行うことがあります。
関連する症状・病気
腰痛
脊髄腫瘍
症状
腫瘍による脊髄や馬尾神経の圧迫によって症状が出ます。しびれ、感覚障害、筋力低下などが生じます。このような麻痺は神経内科の疾患である脊髄炎や多発性硬化症などでも生じますので、鑑別が必要です。
一般に圧迫による脊髄症状は、知覚・運動が同時に障害され、圧迫部位より遠位の反射が亢進するのが一般的です。
診断
脊髄腫瘍はX線(レントゲン)では発見できませんので、X線像が正常でMRIで脊髄腫瘍が認められれば診断は確定します。腫瘍の種類や広がりを確かめるために、造影MRIが行われます。手術の計画のためにはCTを追加することが多いかと思います。
予防と治療
腫瘍を切除する手術療法が選択されます。腫瘍の種類によって、放射線照射や化学療法が追加される場合もあります。症状が軽微で、進行が遅ければ、高齢者の場合は様子を見る場合もあります。
関連する症状・病気
転移性脊椎腫瘍
転移性脊椎腫瘍
症状
癌によって侵された脊椎の痛み(背部痛や腰痛)が生じ、脊髄を圧迫している場合は麻痺が生じます。
原因と病態
元の癌の細胞が脊椎の骨に運ばれて行き、そこで癌細胞が増殖して骨を破壊します。破壊され弱くなった脊椎が負荷を支えられなくなると骨折を生じます。骨折の骨片や膨らんだ腫瘍によって脊髄が圧迫されると麻痺が生じます。
診断
X線(レントゲン)像での骨の破壊(融解・骨折)、MRIでの腫瘍病変で診断がつきます。他の骨に転移があるかどうかを確認するため、骨シンチグラムが有用です。病的骨折のリスクを判断するにはCTを用います。
治療
癌そのものに対する化学療法・ホルモン療法が治療の基本です。骨転移を骨融解型から骨硬化型へと変化させる薬剤も使用します。局所的には腫瘍の増大で症状が出ている場合には放射線照射が有効な場合があります。骨破壊が進んで脊柱の支持性が失われてきた場合には、放射線照射や化学療法は無効なため、支持性を獲得するような手術(脊椎固定術)が必要となります。
転移性脊椎腫瘍の治療は、全身と局所の治療のバランスをとりながら、癌の種類や病気の進展程度など症例ごとに最適の治療を考えていく必要があります。画一的にどの治療が優れていると一概には言えないので、ケースバイケースで十分な検討を行って治療を行っています。
関連する症状・病気
脊髄腫瘍
脊髄損傷
症状
完全麻痺と不全麻痺があります。損傷された脊髄から遠位の運動・知覚の障害がでます。完全麻痺では下肢が全く動かず(頚椎では四肢が全く動かない)、感覚もなくなります。
原因と病態
脊椎の脱臼や骨折によって脊髄が圧迫されることによって起こります。
頚椎では、もともと脊柱管が狭くなっている人や頚椎後縦靭帯骨化症や頚椎症などで脊髄の圧迫が存在している人が転倒などによって衝撃が加わることで脊髄損傷が生じることがあります。脱臼や骨折がなくても生じるので「非骨傷性頚髄損傷」と言います。
診断
麻痺が存在し、MRIやX線(レントゲン)で脊椎・脊髄の損傷部位が明らかになれば診断がつきます。
予防と治療
損傷された脊椎を動かさないようにして損傷の広がりを予防します。四肢が動かない頚髄損傷では、頭部と体幹を一体として固定して病院へ搬送します。
受傷直後は「脊髄ショック」の状態で完全麻痺と不全麻痺の区別が付きませんが、脊髄ショックを脱して完全麻痺であれば一般的に予後は期待できません。治療は不安定性(グラグラしている)のある損傷脊椎の固定が中心となります。不全麻痺で脊髄圧迫が残っている場合には、圧迫を除去する手術を行います。
麻痺が遺残した場合には、残っている機能を使用して日常生活でできることを増やすために、リハビリテーションを行う必要があります。
関連する症状・病気
後縦靭帯骨化症
しびれ(脊椎手術後のしびれ)
症状
しびれや痛みを取るために脊椎の手術を行いますが、手術後もしびれが残る場合が少なくありません。脊髄や馬尾神経、神経根の圧迫が手術によって無くなっているにもかかわらず、しびれが頑固に残っていることもあります。
原因と病態
脊椎の手術を行う場合には一定期間脊髄や神経根の圧迫が続いている場合がほとんどです。手術によって神経の圧迫を除去することはできますが、手術で神経そのものに対しての治療はできません。長期間にわたって圧迫されていた神経は変化が生じている場合があり、圧迫を取り除いても神経の障害が治らないことがしびれの残る原因です。
また、神経を圧迫している骨を削る操作が必要な手術では、操作中に神経を守るために「ヘラ」を当てたり、神経を横へよけたりすることが必要です。この操作は神経にとっては「圧迫する」ことや「引っ張る」ことになりますので、脊椎の手術では必ず神経に対して圧迫や牽引が生じているわけです。
もちろん手術中の操作は短時間なので、これによる神経の障害は回復しやすいのが一般的ですが、障害が残ることもあるわけです。
対応
手術後に神経に対する新たな圧迫が生じていないかを、MRI、CT、造影検査などで確認します。
神経に対する圧迫がなければ、前述のような原因でのしびれと考えられるので、ある程度「しびれの残存」を許容する、すなわち「しびれに慣れる」ことが必要かと思います。
関連する症状・病気
しびれ